ガラスに敷いた砂を
バックライトで照らしながら
音楽に合わせて砂絵を展開していく
瞬間芸術です。
人類の誕生はおよそ500万年前と言われています。 太古の昔から人類は絵や文字を大地や壁に描き残してきました。 地面に描かれた絵や壁画の痕跡が世界各地に数多く残されています。
砂場や砂浜に絵を描いたり砂でお城を作ったりしたという経験は誰もが持っていると思います。最も身近で誰でも簡単に出来るアートがお絵描きであり、人類で初めて指で地面に絵を描いた人がいたら、それが「砂絵」の歴史の始まりであり、アートの始まりであるのかもしれません。
地面に絵を描くという行為から、描いた絵を人に見てもらいたい、見せたいとなり、もっと上手に描きたいとなってアートとして発展していったのでしょう。砂に絵を描く、または砂を使って絵を描く「砂絵」のルーツもその延長線上にあると思われます。
そんな砂絵の歴史を紐解いてみると多種多様な砂絵が世界各地で確認できるのです。ここで少し世界の砂絵をいくつか紹介してみましょう。
「ナバホ族の砂絵」
アメリカ南西部の先住民であるナバホ族に砂絵を描く儀式が存在します。祈祷師が病気などの治療の際に、色のついた石を砕いて作った砂や土で模様を描く儀式です。砂に着色はせず、希望の色の石が手に入らない場合はトウモロコシの粉や乾燥した花を代用して使います。砂絵は比較的短時間で描かれて破壊することで儀式が完成します。
「メキシコ、死者の日の砂絵」
メキシコで毎年11月に行われる「死者の日」は日本で言うところのお盆にあたります。亡くなった方の魂が帰ってくるのをお迎えする行事で、街にはガイコツが溢れカラフルで楽しいお祭りのような日となります。死者の日に祭壇や墓地を飾る際に頻繁に砂絵が使われ、マリーゴールドなどの花やキャンドルでカラフルに砂絵が飾られます。
「バヌアツの砂絵」
約82の群島からなるバヌアツ共和国には古来より各島々の部族との通信や伝達の手段として砂絵が使われてきました。民族の儀式や記録の手段としても砂絵が継承されています。砂絵への造詣が深い熟練者により、砂や火山灰や粘土の上に1本の指で幾何学模様を一筆書きで描きます。この砂絵は2003年に世界無形文化遺産に登録されています。
「インドのコーラム」
インドで女性が庭などに描く砂絵です。元来は米粉や小麦粉を使って蟻や鳥に奉じる意味があったそうですが、今では着色した岩粉や石灰を使用して幾何学模様や花模様など多岐にわたる模様が描かれます。 結婚式など盛大な行事では路面を覆うほどの大きな砂絵が女性たちの手で作られます。 コーラムの上を歩いて壊されると良いことが起きるとされています。
「チベットの曼荼羅(まんだら)」
チベット仏教では瞑想を行いながら色砂で何週間もかけて曼荼羅を描くという修行が存在します。 土の上に金属のロートを使って着色した石の粉を少しずつ撒いて色鮮やかな絵図を描きます。その緻密で繊細な模様は仏の悟った境地や功徳を絵にしたもので、完成すると一定の手順に従って壊されます。使用した砂を川に流すまでが修行とされています。
ここに挙げた世界の砂絵はほんの一部ですが、大きなくくりで言うと古代エジプトの壁画や象形文字、ナスカの地上絵なども砂絵と言えるかもしれません。人が暮らす地にはいつの時代も当然のように砂や土といった地面に描かれた絵があったことが想像できます。
では、ここ日本での砂絵の歴史を紹介してみましょう。
日本の砂絵として最も有名な「銭形砂絵」は外せません。 1600年代、江戸時代に造られた縦122m、横90m、周囲345mという巨大な「寛永通宝」が描かれた砂絵が香川県観音寺市に現存しています。一夜にして作られたという伝説もあり金運スポットとしても有名です。テレビ時代劇「銭形平次」のタイトルバックにも使用されたので見たことがあるという人も多いでしょう。
また、砂絵を芸術として表現する「盆石」というサンドアートの文化が日本古来よりあります。漆塗りの黒いお盆の上に白い砂で自然の風景を描き、枯山水のように岩や山に見立てて自然石などを配置する縮景芸術です。室町時代に東山文化を築いた足利義政が確立したと言われ、茶会などの時に茶室に飾られることが多く、使用後は壊されてしまうことも儚く美しいとされています。
こういった砂絵が一般的に認識されたのは江戸時代あたりとされています。「バナナの叩き売り」や「ガマの油売り」などと言った街なかで威勢よく物を売る大道芸のようなもので、年末年始や縁日などで大衆を惹きつける独特のセリフ回しで知られる「啖呵売(たんかばい)」から広まったとされています。国民的映画である「男はつらいよ」でフーテンの寅さんが大衆を集めて物売りをしているシーンを思い浮かべると分かりやすいと思います。
大道芸のひとつとして「砂絵書き」「砂書き」「砂絵屋」として江戸時代後期ぐらいから世間に広まっていったとされています。威勢よくアピールしてリクエストに応じてその場で砂絵を描く芸として人気を博す人もいたようです。今で言うとお祭りなどで似顔絵を描いてくれる絵描きさんのような感じでしょうか。豊作を願って砂で模様を描く伝統行事などでも「砂絵書き」が重宝されたようです。
江戸時代の砂絵師をテーマにした文学作品としては、『血みどろ砂絵』都筑道夫・著(江戸時代のサンドアーティストとも言える「砂絵坊主」を主人公にした小説)が存在します。
現代では砂絵は「サンドアート」という芸術分野になり、砂絵師は「サンドアーティスト」となりました。砂浜の砂で城などを造形する「サンドスタチュー」や、糊の貼られたシートにマスキングして色砂をまぶして作る「サンドペインティング」や、瓶の中に色砂を敷き詰めて地層の模様で絵を描く「グラスサンドアート」や、バックライトで照らしたガラスの上に砂絵を描いていく様子をオーバーヘッドでライブ中継する「サンドアートパフォーマンス」など、いくつかの種類に分類される多様なアートに進化しています。
ここでは「サンドアートパフォーマンス」についてもう少し深掘りしてみたいと思います。
サンドアートパフォーマンスには2つの大きな特徴があります。
①保存できない
サンドアート作品は固めて保存することができません。固めるための外力で砂が崩れてしまうからです。
チベットの砂曼荼羅やナバホ族の砂絵のようにサンドアートパフォーマンスも保存ができない瞬間の芸術になります。
②素材に触れて描く
筆ではなく指を使って描きます。
水彩画で例えると、、
絵の具=砂
筆=自己の手指
といったイメージです。
日本においてサンドアートパフォーマンスが一般に知られるようになったのは1996年に開催された「広島国際アニメーション映画祭」に砂アニメーションのパイオニアであるハンガリーのフェレンク・カーコ氏が来日してパフォーマンスを披露したことに端を発します。映画祭ディレクターが「砂アニメーションをライブパフォーマンスでやってみたらどう?」というアイディアを出したことでサンドアートパフォーマンスの歴史が始まったと言われています。
国際的に著名なパフォーマーたちがサンドアートを広め、中でも世界的な大人気テレビ番組「ゴットタレント」に出演して見事優勝したウクライナのクセニア・シモノヴァ氏のパフォーマンス動画がYouTubeにアップロードされ全世界で5,000万以上の再生回数を記録し、サンドアートパフォーマンスの存在を世界に広く知らしめました。
手や指や腕を用いて砂絵を描いていき、逆光に照らされた砂の陰影の濃淡を表現するアートは独特の立体感や粒子感が魅力となっています。砂絵を描きあげていく様子をライブ撮影して、1つのストーリーを作り上げてから壊すまでをパフォーマンスとして見せていきます。
このように「サンドアートパフォーマンス」というジャンルは意外と歴史が浅く、まだまだ若い芸術分野と言えます。世界的にもサンドアーティストの数はまだまだ少ないのですが、その数は年々増えていっています。
日本で最初のサンドアート(砂アニメーション、サンドパフォーマンス)の発表(日本サンドアート界の先駆者、飯面雅子氏による)は1980年代とつい最近のことですが、サンドアートの需要はとても高く今やアートの1ジャンルへと発展しているのです。(執筆:Taka氏)